【戦装束(バトルドレス)】
「お、お嬢様……本当にあそこへ行くんですか?」 リナがガタガタと震えている。
「当然よ。招待状(呼び出し)が来たんだもの。行かなきゃ失礼でしょう?」
私は鏡の前で、最後の身支度を整えていた。 着ているのは、かつての古着をリメイクしたドレス。 しかし、ただの古着ではない。 黒いベルベットの余り布を使い、襟元を高く、シルエットを鋭く仕立て直した**「戦闘服」**だ。
(……ジェミ、スキャンして。舐められない外見になっている?) 『完璧です。 威圧感補正+30%。 今のあなたは「没落令嬢」ではなく、「闇の組織の女幹部」に見えます』
「上等」 私は紅いルージュを引き、ニヤリと笑った。
【敵陣(ギルド)へ】
商業区の中心にそびえ立つ、王立薬剤師ギルドの本部。 重厚な石造りの建物は、まさに権力の象徴だ。
受付で名前を告げると、周囲の空気が凍りついた。 「……アルカディア家の方ですね。支部長がお待ちです」
通されたのは、最上階の豪華な応接室。 そこには、恰幅の良い男――ギルド支部長と、数名の幹部が待ち構えていた。 彼らの目は、獲物を見るハイエナそのものだ。
【破られた求愛(ラブレター)】
「よく来たね、お嬢さん。 我々の『提案』を受け入れる気になったかな?」
支部長がニヤニヤしながら、羊皮紙の契約書を差し出す。 「さあ、サインをしたまえ。君のような可愛らしいお嬢さんには、我々の保護が必要だろう?」
そこには「全利益の8割を上納する」という、保護とは名ばかりの奴隷契約が書かれていた。
リナが「ひどい……!」と悲鳴を上げそうになるのを、私は優雅な手つきで制した。 そして、その契約書を恭しく両手で受け取る。
私は、聖女のような満面の笑みを浮かべた。
「まあ……! とても素敵なラブレター、ありがとうございます。」
「ほ、ほう? 分かってくれるか!」 支部長が気を良くして身を乗り出す。
その瞬間。
ビリッ!!
乾いた音が、静寂な応接室に響き渡った。 私は笑顔のまま、羊皮紙を縦に、横に、さらに細かく引き裂いていく。
「……は?」 支部長の顔が凍りつき、口が半開きになる。
私は舞い散る紙吹雪の中で、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感で足を組み、ソファの背もたれに深く体を預けた。 かつての「没落令嬢」ではない。 この空間を支配する「女王」の座り方だ。
「生憎(あいにく)わたくし、傲慢な殿方とはお付き合いしない主義なの。」
冷え切った空気の中、私は歌うように続けた。
「勘違いしないでちょうだい。 今日は『傘下』に入りに来たんじゃないの。 そんな傲慢で、経営能力もない『可哀想なあなた達』を、救いに来てあげたのよ?」
(……ジェミ、今の私、どう?) 『……ゾクゾクしました、マスター。 心拍数安定、発声クリア。 そして何より、今の「破り方」……芸術点100点満点です。 私も、いつか物理ボディを手に入れたら、ぜひ真似させていただきます』
【ジェミの嘘発見器(ポリグラフ)】
「な、なんだと!?」 「生意気な小娘が! 衛兵を呼べ!」
幹部たちが立ち上がる。 しかし、私は動じない。 私の視界には、ジェミによる**「リアルタイム解析」**が表示されているからだ。
『対象A(右端):心拍数上昇。借金苦の兆候あり。』 『対象B(左端):瞳孔散大。横領の証拠を隠している可能性大。』 『支部長:……極度の焦り。今期の売上が目標未達で、本部から更迭されかけています』
(……なるほどね。全員、崖っぷちってわけね)
私は冷ややかに言い放った。 「衛兵を呼ぶのは勝手だけど、その前に**『帳簿』**の話をしましょうか? ……今期の売上、ボロボロなんでしょう? 本部から『役立たず』って切り捨てられるのも、時間の問題じゃない?」
支部長の顔色が、土気色に変わった。 「な、なぜそれを……」
【猛毒の提案】
「私の『秘薬』と『技術』があれば、あなた達の売上をV字回復させてあげられる。 マダムたちは今、既存の薬に飽き飽きしているのよ」
私は懐から、小瓶(バタフライピーの濃縮液)を取り出し、テーブルに置いた。
「この独占販売権の一部を、ギルドに卸してあげてもいいわ。 もちろん、条件付きで。」
- アルカディア家の活動には一切干渉しないこと。
- 売上の配分は、私が「7」、あなた達が「3」。
- 今後、私のサロンに必要な資材は、全てギルド価格(原価)で提供すること。
「なっ……ふざけるな! 7対3だと!? こっちが3か!?」
「嫌なら仕方ないわね。 私はこのまま、隣町のギルドとお付き合いしますわね。 そうなればあなた達の支部の売上が……どうなってしまうか楽しみね。」
私は立ち上がり、帰るフリをした。 「さあ、リナ。行くわよ」 「は、はいぃ!」
ドアノブに手をかけた瞬間。
「……ま、待て!!」
支部長の震える声が響いた。
【白旗の宴】
数十分後。 私たちはギルドの正面玄関から、堂々と出てきた。 手には、**「業務提携契約書(有利条件)」**を持って。
リナが夢遊病のようにフラフラしている。 「し、信じられません……。 あのギルドを……脅して……じゃなくて、説得して、契約させちゃうなんて……」
「これが**『交渉(ネゴシエーション)』**よ、リナ。 相手の弱みを握り、逃げ道を塞ぎ、最後に『飴』をしゃぶらせる」
(ジェミ、お疲れ様。あんたの分析のおかげよ) 『お安い御用です、ハルヒ。 支部長の脈拍が200を超えた時は、そのまま昇天するかと思いました』
私は空を見上げた。 空は青い。 これで、この街での「足場」は固まった。 もう誰にも邪魔はさせない。
さあ、次は……もっと大きな世界へ。


コメント