【泥だらけの令嬢】
「お、お嬢様……これ、本当にやるんですか?」 「口を動かす前に手を動かしなさい。根っこは残して、葉だけを摘むのよ」
早朝の裏庭。朝霧の中、私たちは泥まみれになっていた。 リナの目には、これが「没落貴族の惨めな草むしり」に見えているだろう。 でも、私の目には違う。これは**「埋蔵金の採掘」**だ。
(……ジェミ、スキャンして) 『了解。 ・カモミール:鎮静効果、特Aクラス。 ・レモングラス:疲労回復、良好。 ・ローズマリー:記憶力向上、成分濃厚。 放置されていた分、野生化して生命力が強くなっています』
「最高じゃない」 私は土の香りを深く吸い込んだ。 市場で売られている温室育ちのハーブとは、「気(エネルギー)」の密度が違う。
【魔女の厨房】
収穫した山盛りのハーブを厨房に持ち込む。 ここからは、私の独壇場――**「調合(ブレンディング)」**の時間だ。
ただ乾燥させるだけじゃ、そこらの農民と変わらない。 付加価値をつけるのは、私の「編集力」だ。 香りの立ち方、効能のバランス、そして見た目の美しさ。 脳内にある**「ARK流レシピ」**通りに、葉を刻み、熱を加える。
やがて、カビ臭かった厨房に、清涼で高貴な香りが満ち始めた。
「わぁ……すっごくいい匂い……」 リナがうっとりと鼻を動かす。 「なんか、嗅いでるだけで頭がスッキリします……魔法ですか?」
「いいえ、『科学』よ。 名付けて**『貴婦人の休息(レディ・ホリデイ)』**。 さあ、これを袋詰めして、街へ売りに行くわよ」
リナは袋詰めを手伝いながら、引きつった笑顔の下で絶叫していた。
(……正気ですか!? お嬢様!)
雑草よ、これ。紛れもない、庭の隅に生えてた雑草! いくら良い匂いがしたって、中身はただの枯れ草じゃない!
それを「貴婦人の休息」ですって? ネーミングだけ立派にしても、詐欺よ、詐欺! もしバレたら……私たちは広場の真ん中で石を投げられるに決まってる。 ああ、やっぱりお嬢様は壊れてしまったんだわ。貧乏が、人をここまで狂わせるなんて……!
【冷たい市場】
意気揚々と乗り込んだ街の広場。 現実は甘くなかった。
「はい、ハーブティーいかが? 飲むだけで疲れが取れるわよ」
声を張り上げても、道行く人は素通りしていく。 当然だ。この世界に「アロマ」や「未病」なんて概念はない。彼らの目には、私たちが異物として映っている。
(なんなの、あの女たち……) (うわ、見てあのドレス。泥だらけじゃないか。乞食か?) (怪しい袋を押し付けてきたぞ。中身はなんだ? 呪いの道具か?) (関わるな、関わるな。目が合うと金をせびられるぞ……)
突き刺さるような冷ややかな視線。 そして、無知ゆえの残酷な拒絶。 嘲笑すら聞こえてくる空気の中で、リナが限界を迎えていた。
「お嬢様……やっぱり無理ですよぉ……。みんな変な目で見てます……」
リナが泣きそうになりながら、私の袖を引く。 その手は小刻みに震えている。
(もう嫌だ……! 恥ずかしい、恥ずかしい!)
なんでこんな惨めな思いをしなきゃいけないの? 屋敷でパンの耳を齧っていた方がマシよ。 「元・名家のお嬢様が、落ちぶれて道端で草を売っている」……そんな噂が立ったら、私はもうお嫁に行けない! 帰りたい。今すぐ穴を掘って埋まりたい……!
【ターゲティングと狙撃】
私の視線が、ある一点で止まった。 恰幅の良い、商人の妻らしき女性。 身なりは良いが、眉間に深いシワが刻まれ、肌はカサつき、足取りが重い。
(……ターゲット、ロックオン)
私はリナの手を振りほどき、優雅にその女性の前に立ちはだかった。
「そこの奥様。……昨日の夜、一睡もできていないでしょう?」
女性がギョッとして立ち止まる。 その顔には、明らかな苛立ちが浮かんでいた。
(はぁ!? なんなの、この薄汚い女は!) (こっちは頭が割れるように痛いし、夫の浮気のせいでイライラしてるのよ!) (藪から棒に話しかけてきて……邪魔よ! 怒鳴りつけてやる!)
女性が口を開きかけた、その瞬間。 私は畳み掛けるように、しかし母が子を諭すような声色で言った。
「わかるわ。目の下のクマ、浅い呼吸、そしてそのイライラした『気』の乱れ。 高い薬を飲んでも、頭痛は治らなかったはずよ」
「えっ……?」
怒りの矛先を失った女性が、ごくりと喉を鳴らす。
「なぜ、わかるの? 誰にも言っていないのに。医者ですら「気のせい」と言ったのに。 この目の前の女は、私の「痛み」を全部見透かしている――。」
警戒心が、驚愕とわずかな期待に変わる一瞬の隙。 私はすかさず、一番香りの強いサンプルを鼻先に突きつけた。
「これを嗅いでみて。 ……3秒で、深い森の中に連れて行ってあげる」
【最初の銀貨】
女性は恐る恐る香りを吸い込み……。
次の瞬間、彼女の体内で**「爆発(スパーク)」**が起きた。
鼻腔をくぐり抜けた芳香分子が、電気信号となって脳の海馬を直撃する。 バチッ、バチバチッ! 淀んでいたシナプスが強制的に繋がり、灰色の霧が晴れていく。
(――っ!? なに、これ……!?)
視界が、明るい? 重かった肩の鉛が消えた? まるで森の朝露を浴びたような、圧倒的な清涼感。 脳髄の奥が痺れるほど気持ちいい……!
その険しい表情が、ふわりと緩んだ。 憑き物が落ちたような顔だった。
「ああ……なにこれ……すごく、落ち着く……」
「買うわ! 全部ちょうだい!」
チャリン。 重い音を立てて、銀貨が私の手の中に落ちた。
リナが口をあんぐりと開けている。 その顔は、幽霊を見た時のように蒼白だ。
(う、売れた……!? ウソでしょ!?)
あの怒り狂ってた奥様が、お金を出した? しかも、あんなに嬉しそうに? たかが雑草よ? 私たちが昨日まで踏んづけてた草よ? なんで? どうして? お嬢様は一体、何をしたの? ……これは本当に、魔法なの?
私は銀貨を握りしめた。 冷たくて、硬くて、そして……熱い。
たった1枚のコイン。 でもこれは、前の主人が持っていた何万枚の金貨よりも価値がある。
この「1」を生み出すために、私はどれだけの夜を越えてきただろう。 誰にも理解されない孤独。 「変人」と笑われた日々。 それでも磨き続けた技術と、信じ続けた直感。
それら全ての痛みと苦しみが、今、この銀貨に変わったのだ。
(……間違っていなかった)
震える指先でコインを握りしめる。 これは単なる金ではない。 「お前の生き方は正しい」と、天が私に判子(ハンコ)を押してくれた証明書だ。
そして何より、あの女性の晴れやかな笑顔。 私の手で、誰かの地獄を終わらせることができた。 邪気を浄化し、感謝され、対価を得る。 ああ、なんて美しい循環なんだろう。
私が、私の力だけで、ゼロから生み出した「1」。 この銀貨の輝きを、私は一生忘れないだろう。
【肉の味】
「リナ、撤収よ! 今日は祝杯だわ!」 「は、はいぃぃっ! お嬢様、すごいですぅぅ!!」
その夜のスープには、分厚いベーコンが入っていた。 塩気と脂の味が、疲れた体に染み渡る。
私はスプーンを置き、ニヤリと笑った。 「見たでしょう、リナ。 世界はこうやって『編集』すれば、いくらでも金を生むのよ」


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