Chapter 11:大地の神闕(しんけつ)と五芒星の結界

『ARKの女帝』

塔の重厚な扉を蹴り開けると、熱帯夜のような、むせ返るほどの生温かい風が吹き付けてきた。

「うっ……! 何、これ……血の匂い……?」 リナが鼻を押さえて顔をしかめる。 無理もない。塔の内部は、まるで巨大な生物の胎内のようだった。

吹き抜けになった塔の中央。そこに隆起していたのは、赤黒く脈打つ巨大な結晶体の塊――いや、それは大地に空いた巨大な**「臍(へそ)」**だ。 本来なら純白や透明であるはずの魔素の結晶が、どす黒い赤に染まり、ドクン、ドクンと不気味な膨張と収縮を繰り返している。今にもパンッと弾け飛びそうなほどの極限の膨張。目も当てられないほどの「気」の滞り(うっ滞)。

(……誰の仕業よ、これ。明らかに自然発生の病理じゃない。誰かが意図的に脈を縛り上げている)

『マスター。大地の経穴「神闕(しんけつ)」にあたる部分が完全に詰まっています。内部圧力、臨界点まであとわずか!』 ジェミの警告音が脳内でけたたましく鳴り響く。

「急いで『浄化の霊液』を注ぎ込め! 圧を抑え込むんだ!」 響き渡るヒステリックな怒声。 大地の臍の周りでは、豪奢なローブを着込んだ白髪の異術者が数名、血相を変えて立ち回っていた。彼らは樽から汲み出した銀色の液体(聖水)を、赤く腫れ上がった結晶に向かって必死に浴びせかけている。

「……バカなの?」 私の口から、氷のように冷たい声が漏れた。

腫れ上がった患部に、冷たい液体をかけて表面だけを冷やし、蓋をする。 一見正しいように見えて、あれは内部の熱と圧力を逃げ場のない状態に追い込む「最悪の処置」だ。現代で言えば、根本原因を無視して強い薬を塗りたくり、症状だけを力技で抑え込もうとするヤブ医者の典型。

「ん? 誰だお前たちは! ここは王室直属の『脈理院』が管理する神聖な儀式場だぞ! 小娘が立ち入る場所ではない、つまみ出せ!」 白髪の異術者――責任者らしき男が私を睨みつけ、見下すように喚き散らした。

私は答えない。 愚か者に言葉を費やす時間は、今のこの大地の患者には残されていない。

「ハルヒ様!?」 リナの制止も、異術者たちの怒号も無視し、私は真っ直ぐに大地の臍へと歩み寄った。 異術者の一人が杖を掲げて私を静止しようとしたが、私はその手首のツボ(内関)を軽く弾いて無力化し、そのまま巨大な結晶体の前へ立つ。

熱い。肌を焼くほどの邪気。 私は懐から、最も太く長い特注の**「銀鍼」**を引き抜いた。

「なっ、貴様、その針で何をする気だ!? 霊液の封印を破る気か!」 「黙って見てなさい、ヤブ医者」

私は五寸の銀鍼を、今にも破裂しそうな「臍」のど真ん中、一番赤黒く熟している一点へと躊躇なく突き立てた。

「――『瀉法(しゃほう)』。抜けなさい!!」

ギンッ!と、塔を揺るがすほどの甲高い金属音が響き渡った。 次の瞬間。

ドゴォォォォォン……ッ!!

地面が大きく波打ち、突き立てた鍼の隙間から、凄まじい轟音と共に高圧縮された魔素のガスが吹き出した。 「ひぃぃっ!?」 「沸騰したヤカンかよ……!」

プシューッ!!という耳を劈くような音と共に、どす黒い蒸気が塔の天井の隙間から一気に外へと噴き出していく。 圧力が抜けたことで、大地の臍の膨張がピタリと止まり、赤黒い色がわずかに退いていく。

「バ、バカな……! 我々が何日もかけて抑え込んでいた圧力を、たった一本の針で……!?」 異術者が腰を抜かし、震える指で私を指差した。

「勘違いしないで。これはただの『ガス抜き(対症療法)』よ。根本は何も治っていないわ」 私は吹き出す蒸気の中で、冷たく言い放つ。 大地の臍がこれほど腫れ上がったのは、ここ以外の「別の場所」で気の流れが堰き止められているからだ。

『マスター。塔の外部、半径二キロ圏内に、魔素の異常な停滞ポイントを5箇所確認!』 「ええ、見えているわ。五臓の乱れ……大地の『五行』が狂わされているのよ」

私は踵を返し、塔の出口へと走り出した。 「行くわよ、リナ! 大地の経穴(ツボ)を解放する!」 「ええっ!? また外ですかぁ!?」

塔を飛び出した私の目に映ったのは、旧名ヨナ・ガルドの暗い大地に、不自然なほど規則的に配置された5つの鈍い光の柱だった。 木、火、土、金、水。 その配置は、街全体を覆う巨大な五交星の結界そのもの。

「誰がこんな馬鹿げた呪い(クリニカル・エラー)を仕掛けたかは知らないけれど……」 私は両手に銀鍼を構え、闇夜の街を蹴って疾走した。

「まとめて空間執刀して、ぶっ壊してあげるわ!!」

(Chapter 12へ続く)

コメント

タイトルとURLをコピーしました