【美しくなった部屋、変わらない現実】
翌朝。 窓から差し込む光が、磨き上げられた床に反射して輝いている。 昨日の「空間執刀」の成果は完璧だ。部屋の空気は澄み渡り、まるで高級ホテルのような静寂が漂っている。
……ただし、私の腹の虫が鳴く音を除けば、だが。
「リナ、朝食は?」 「は、はい……昨日の残りのパンの耳と、白湯(さゆ)です」
出されたのは、小鳥の餌のような量。 私はため息を飲み込み、優雅にパンの耳をつまみ上げた。 空間は整った。次は「中身」を埋める番だ。
【瀕死のカルテ(帳簿)】
「リナ、例の『帳簿』を持ってきなさい」昨夜、金庫から引っ張り出した古い革表紙のノート。 ページを開いた瞬間、私の脳内で警報(アラート)が鳴り響く。
(……ジェミ、分析を) 『了解。 総資産:ほぼゼロ。 負債:莫大。 収支バランス:完全な「出血多量」状態です。 人間なら集中治療室(ICU)行きですね、船長』
赤いインクで埋め尽くされた数字の羅列。 前の主人がいかに無計画に散財し、この領地を食いつぶしてきたかが手に取るようにわかる。 これは帳簿じゃない。「死亡診断書」だ。
【経済のツボを探せ】
普通なら絶望して本を閉じるところだ。 だが、私は鍼灸師。 「流れ」が滞っているなら、それを通すだけ。 「血(金)」が足りないなら、造血機能を高めるだけ。
私は赤い数字の羅列を指でなぞる。 どこかに……どこかに必ず、まだ死んでいない「脈(可能性)」があるはず。
「……見つけた」
私の指が止まったのは、帳簿の端に小さく書かれた、ある項目の上だった。
『ハーブ園の管理費』 『未加工の薬草在庫』
前の主人は見向きもしなかったようだが、この屋敷の裏手には、かつて手入れされていた古い薬草園があるらしい。 今は雑草だらけの荒れ地になっているようだが……。
【起死回生の一手】
私はバタンと帳簿を閉じ、立ち上がった。「リナ、出かけるわよ」 「えっ!? ど、どこへですか? 街へ買い物に行くお金なんて……」
「買い物? 違うわ」
私は鏡の前で、一番マシな(といっても繕った跡のある)ドレスを体に当て、不敵に微笑んだ。 その瞳には、獲物を狙う狩人の色が宿っていた。
「『市場調査(マーケティング)』よ。 この領地にある唯一の資産(アセット)が、どれくらいの値段で金貨に変わるのか……。 私が直接、この街の『相場』という脈を診てやるわ」
(続く)


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