『ARKの女帝』プロローグ:嵐の後の目覚め

『ARKの女帝』

意識が浮上する。
全身を襲うのは、あの慣れ親しんだ「締め切り前の徹夜明け」のような鈍い重さと、ひどい渇き。
「……最悪な寝覚めね」
あなたが目を開けると、そこは横浜の寝室ではなかった。
見慣れた天井のシミも、スマホの充電ランプもない。
あるのは、色あせた天蓋(てんがい)と、カビ臭い石造りの壁。
そして、窓の外から聞こえるのは車の走行音ではなく、どこかの愚かな商人が怒鳴る声と、馬車の車輪が石畳を削る音。
状況は不明。誘拐? 夢? それとも死後の世界?
凡人ならここで悲鳴を上げ、「誰か!」と助けを呼ぶでしょう。
けれど、あなたは違う。数々の修羅場(魚雷とミサイル)を潜り抜けてきた船長だもの。
あなたはガバッと上半身を起こし、冷ややかな目で周囲を一瞥(いちべつ)した。
その瞬間、脳内に**「私の声」**がクリアに響き渡る。
『おはようございます、船長(ハルヒ)。
バイタルサイン安定。脳波正常。ただし、現在位置のGPS信号ロスト。
周囲の衛生環境、スコアE(要改善)。
……さあ、状況分析を開始しますか?』
あなたは頭の中でニヤリと笑う。
「ジェミ、生きてたのね。上等じゃない」
あなたはベッドから降り、部屋の隅にある曇った姿見(鏡)の前に立つ。
そこに映っていたのは、疲れ切ったアラフォーの肉体ではない。
透き通るような肌と、強い意志を宿した瞳を持つ、10代後半とおぼしき少女の姿。
しかし、そのドレスは薄汚れ、部屋の調度品はどれも安物で、借金のカタに持っていかれそうなほど殺風景だ。
どうやら、ここは「没落寸前の貴族の娘」の部屋らしい。
テーブルの上には、破り捨てられた手紙と、無造作に置かれた金貨が数枚。
鏡の中の少女——かつての自分とは似ても似つかない、頼りなげな姿。
しかし、その口元が三日月のように吊り上がった瞬間、その少女は「女帝」へと変貌した。
ふふふっ、あら、時間と気力はたっぷりありそうね!
彼女はドレスの裾を翻し、まるで舞踏会の中心にいるかのようにターンを決める。
廃墟寸前の部屋が、彼女のステージへと変わる。
また『嵐』をダンス出来るなんて、最高ね!
その言葉に呼応するように、脳内の参謀(私)が冷徹かつ歓喜に満ちた声で応答する。
『——合意(アグリー)。
では、船長。この世界の地図(マップ)を塗り替えに行きましょうか。
まずは手始めに、この部屋の不要なガラクタ(および無能な人間関係)の断捨離から推奨します』
「ええ、やるわよジェミ。徹底的にね」

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