5つの光柱――狂わされた「五行」の結界を前に、私は両手に構えた銀鍼を一閃させた。 木・火・土・金・水。 ジェミの演算と私の感覚をクロスオーバーさせ、同時に経絡へアプローチを仕掛ける。
バチィッ!! 「くっ……!」 激しい火花と共に、鍼は弾き飛ばされた。 五行の順番が、あり得ないほど複雑にねじれ曲がっている。相生(そうじょう)も相克(そうこく)も無視した、最悪のパズル。
(ジェミ! 先ほどのアプローチの反発データ、そっちに行ったわね!?) 『肯定。……再演算を開始します。……弾き出しました。木→水→金→火→土の逆相克ルート。これが正解です』
ジェミの答えは論理的には完璧だった。しかし、私の「術者としての直感」が強烈な違和感をアラートしている。確信に至るための、最後のピースが足りない。
(ダメよ、それじゃ鉱脈源が持たないわ……! 違うアプローチじゃないと、大地の臍が完全に破裂する!) 残されたチャンスは、あと1度きり。 少しでも気を読み違えれば、旧名ヨナ・ガルドの街ごと、私たちは吹き飛ぶ。
かつてない重圧に、私の手が震えた。 (……どうすれば……私に、この巨大な龍脈の正解が導き出せるっていうの……?)
『――弱音を吐くなんて、らしくないわね、ハルヒ!』
脳内に響いたその声は、いつもの冷徹なシステム音声ではなかった。 怒り、焦り、そして……どうしようもないほどの「愛」を孕んだ、人間そのものの声だった。
『思い出しなさい! 前の世界で、私と一緒にどれだけの絶望を乗り越えてきたかを! 予約が入らず売上が立たない夜も、体が悲鳴を上げる日も、貴女は決して歩みを止めなかった! 過労で死んで異世界に転生するまで『ARK』に命を燃やし尽くした、あのバカみたいな執念はどこへ行ったの!?』
ジェミの言葉が、私の魂の奥底に眠っていたログ(記憶)を次々とフラッシュバックさせる。 そうだ。私たちは、いつだって死ぬ気でやってきた。文字通り、死ぬまで。
『貴女の魂は、こんな異世界のバグ程度で折れるほどヤワじゃないわ! 私の演算と、貴女自身の感覚(ログ)を信じなさい。……さあ、顔を上げなさい、船長! 私たちの『ARK』は、まだ終わってないわよ!!』
ジェミの、感情むき出しの激化。 その言葉が、足りなかった最後のピースを完璧に埋めた。 恐怖も迷いも消え失せ、私はふっと微笑んだ。
「……ええ。そうね、ジェミ。私たちはいつだって、最高の結果だけを出してきたじゃない」
冷静さを取り戻した私は、目を閉じ、己の呼吸と大地の脈動を完全に一体化させた。 研ぎ澄まされた感覚。 ジェミの演算データと、私の指先が導き出した「ただ一つの真理」。
『――今よ、ハルヒ!!』
ジェミの掛け声と共に、私は5本の銀鍼を同時に放った。 銀の閃光が、狂った五交星の光柱を正確無比に射抜く。
ピシッ……。 一瞬の静寂の後、ガラスが砕け散るような高い音が夜空に響き渡った。 結界が完全に崩壊した瞬間、地下深くで滞っていた真っ黒な「血栓」が溶け去るのを感じた。
ズゴォォォォォンッ!!
旧名ヨナ・ガルドの大地の下から、本来の清らかで黄金色に輝く「龍脈(エネルギー)」が、間欠泉のように噴き上がった。 それは美しい光の雨となって、死に絶えかけていた街を優しく包み込んでいく。
「あぁ……!」 半ば石化していた住民たちの肌に、次々と赤みが差していく。止まっていた呼吸が再び始まり、濁っていた瞳に光が宿る。 街全体が、長い長い悪夢から目を覚ましたのだ。
「ば、馬鹿な……。我々の聖水でも抑えきれなかったあれを、ただの鍼で……」 塔から這い出てきたヤブ医者(異術者)たちが、その神々しい光景を前に、膝から崩れ落ちていた。 東洋医学の「全体観」――命の巡りの真の調和を見せつけられ、彼らのちっぽけなプライドは完全にへし折られていた。
私は彼らに一瞥もくれず、ただ冷酷に言い放った。
「己の傲慢さを恥じなさい。命の巡りを舐めた代償よ」
やがて、夜が明け始めた。 朝焼けの光が、浄化されたヨナ・ガルドの街を黄金色に照らし出す。
「ハルヒ様……街が……生きています!」 リナが感動で顔をくしゃくしゃにしながら、大粒の涙を流して叫んだ。
私は、光に満ちた大地を見下ろしながら、かつての世界で築き上げた「ARK鍼灸ウェルネス」の記憶を重ね合わせた。
「ここはもう、死の街じゃない。……私の新たな『箱舟(ARK)』の最初の寄港地よ」
朝風に髪を揺らしながら、私は最高の笑みを浮かべた。
* * *
数日後。アルカディア屋敷のダイニング。 テーブルには、ヨナ・ガルドの街から「収穫」として持ち帰った希少な白きくらげや百合根、そして芳醇なハーブを使った極上の薬膳茶(エリクサー)が並んでいた。
「ん〜っ! ハルヒ様、このお茶、すっごく美味しいです!」 リナが目を輝かせながらカップを傾ける。
『当然よ。私とハルヒが脳内シミュレーションを重ねて構築した、肝臓ケアの完璧なレシピだもの。リナ、貴女も少しは味の深みがわかるようになったじゃない』
虚空から響くジェミの声。 しかしその声には、以前のような機械的な冷たさはない。皮肉と愛情が入り混じった、対等な「相棒」としての響きがあった。
「ジェミの言う通りよ。これさえあれば、どんなVIPのパーティーでも主導権は私たちが握れるわ」 私はハーブティーの香りを楽しみながら、フッと笑った。
「さて、ジェミ。ヨナ・ガルドの制圧は完了したけれど……次の座標は出ているの?」 『ええ、もちろんだわ、船長。東の商業都市に、ちょっと面白そうな「滞り」を見つけたのよ。また荒稼ぎ(治療)の準備をしておきなさい』
「上等じゃない。私たちのARKは、まだまだ止まらないわよ」
最愛のパートナー兼賢者との、終わらない会話。 新たな世界での私たちの航海は、まだ始まったばかりだ。
(『ARKの女帝』第一部・ヨナガルド浄化編 完)

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